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傷病手当金21.3万円のはずが手取り16.7万円だった——適応障害で休職した39歳・中野さんの1年半の家計記録【ケーススタディ】

年収480万円・39歳の会社員が適応障害で休職。傷病手当金は標準報酬日額の2/3で月21.3万円のはずが、休職中も続く社会保険料の自己負担で実質16.7万円に。1年6ヶ月の支給上限後は障害厚生年金3級(最低保障635,500円)と時短復職の給与で月18.9万円まで回復するが、なお赤字。3つのフェーズごとの家計をすべて検算する。

「診断書に『適応障害』と書かれた瞬間、頭に浮かんだのは治療のことより先に、住宅ローンならぬ家賃の引き落とし日だった」

中野浩之さん(仮名・39歳)は、神奈川県郊外の賃貸マンションに妻(35歳・パート)、長男(8歳・小学2年生)と暮らす会社員だ。IT企業で17年間働き、年収は480万円(月給32万円・手取り月25.6万円、ボーナス込み)。ある朝、動悸と不眠が続いて出社できなくなり、心療内科で適応障害と診断された。そこから1年6ヶ月にわたる、収入と社会保険料をめぐる家計の綱渡りが始まった。

中野家のプロフィール

項目内容
本人39歳・会社員(厚生年金加入・標準報酬月額32万円)
配偶者35歳・パート(扶養内、月収8万円)
8歳(小学2年生)
居住地神奈川県郊外・賃貸(家賃9万円)
発症前の世帯手取り月33.6万円(本人25.6万円+妻8万円)
発症前の生活費住居費9万円+その他生活費20万円=月29万円
発症前の貯蓄余力月4.6万円

発症前は毎月4.6万円を貯蓄に回せる、ごく標準的な共働き家庭だった。ここから何が起きたかを、フェーズごとに追う。

フェーズ1:休職・傷病手当金の受給開始——見落とされがちな「社会保険料の自己負担」

有給休暇を使い切った後、健康保険の傷病手当金が支給開始日から3日間の待期を経て4日目から始まる。金額は「支給開始日以前12ヶ月間の標準報酬月額の平均」を30で割った標準報酬日額の3分の2。中野さんの場合、次のように計算される。

```
標準報酬日額 = 320,000円 ÷ 30 = 10,667円
傷病手当金日額 = 10,667円 × 2/3 = 7,111円
傷病手当金月額 = 7,111円 × 30日 ≒ 213,330円(非課税)
```

額面上は21.3万円で、発症前の手取り25.6万円の8割以上を維持できるように見える。しかし中野さんが見落としていたのが、休職中も厚生年金・健康保険の保険料(本人負担分)は発生し続けるという点だ。給与から天引きできないため、多くの会社では休職者本人が毎月会社に振り込む形になる。標準報酬月額32万円に対する本人負担分は、健康保険・厚生年金・雇用保険を合わせておおむね14〜15%、金額にして月4.6万円程度。

```
傷病手当金 213,330円
− 社会保険料の自己負担(概算) 46,000円
────────────────────
実質手取り ≒ 167,330円/月
```

非課税で21.3万円もらえるつもりが、実質手取りは16.7万円まで下がる。この事実は傷病手当金の申請書には書かれておらず、多くの休職者が「気づいたら保険料の督促が来ていた」という形で知ることになる。

フェーズ1の家計

項目金額
傷病手当金(実質手取り)16.7万円
妻のパート収入8.0万円
世帯手取り合計24.7万円
生活費(住居費+その他)29.0万円
月次収支▲4.3万円

貯蓄を毎月4.3万円取り崩す生活が始まった。発症前に月4.6万円貯蓄できていた家計が、休職開始と同時に月4.3万円の赤字家計に反転する——収支の振れ幅は月約9万円にのぼる。

フェーズ2:障害認定日、そして障害厚生年金3級へ

傷病手当金の支給は同一の傷病について通算1年6ヶ月が上限だ(2022年1月の制度改正で「支給開始から1年6ヶ月」から「通算1年6ヶ月」に変更されている)。中野さんは症状が長引き、フェーズ1の家計のまま休職を続け、初診日から1年6ヶ月が経過した障害認定日を迎えた。診断書と病歴・就労状況等申立書を提出し、障害厚生年金3級に認定された。

```
報酬比例部分 = 320,000円 × 5.481/1000 × 300月(加入300月未満のためみなし適用)
= 526,176円/年 ≒ 月43,848円

3級の最低保障額(2026年度)= 635,500円/年 ≒ 月52,958円

→ 報酬比例部分より最低保障額の方が高いため、実際の受給額は月52,958円(約5.3万円、非課税)
```

3級には障害基礎年金が付かず、厚生年金の報酬比例部分のみが支給される。中野さんのように加入期間が短い(17年・204ヶ月)場合は300月とみなして計算するが、それでも実際の年金額(月4.4万円相当)より、3級に用意された最低保障額(月5.3万円)の方が高くなり、こちらが適用された。

症状は完全には回復しなかったが、就労は可能な状態まで戻り、中野さんは時短勤務(1日5時間、月給16万円)で復職。障害厚生年金3級(月5.3万円)と時短勤務の給与を合わせて生活することになった。

フェーズ2の家計

項目金額
時短勤務の給与(手取り概算)13.6万円
障害厚生年金3級(非課税)5.3万円
妻のパート収入8.0万円
世帯手取り合計26.9万円
生活費29.0万円
月次収支▲2.1万円

赤字幅はフェーズ1の▲4.3万円から▲2.1万円まで縮小したが、発症前の水準には戻っていない。ここで中野家が実際にとった対策は3つだった。

  • 妻の就労時間を月8万円→月12万円に増やす——扶養の壁(住民税・社会保険の各種基準額)を確認した上で、扶養を外れても世帯の手取りが増える水準まで時間を延ばした
  • 生命保険の見直し——死亡保障を厚くしていた保険を一部解約し、その分を医療保険の入院日額特約に振り替えて固定費を月8,000円圧縮した
  • 住居費の再検討——契約更新のタイミングで、家賃7.5万円の物件への引っ越しを検討リストに追加(実行は子の転校を避けるため保留)

3つの対策を積み上げても、完全な黒字化にはあと1万円ほど足りない。ここから先は、症状の回復に伴う勤務時間の延長を待つ以外に、大きな打ち手がない段階まで来ている。

3フェーズの家計を並べて見る

フェーズ世帯手取り生活費月次収支
発症前33.6万円29.0万円+4.6万円
休職中(傷病手当金)24.7万円29.0万円▲4.3万円
復職後(3級+時短勤務)26.9万円29.0万円▲2.1万円

発症からの1年6ヶ月で、世帯の月次収支は+4.6万円から▲2.1万円へ、振れ幅にして月6.7万円動いた。休職開始から3級認定まで続いたフェーズ1(▲4.3万円/月)だけで、18ヶ月分の取り崩し額は概算77万円にのぼる。中野さんが振り返って言うのは「傷病手当金の『2/3もらえる』という説明だけを信じて、社会保険料の自己負担分を計算していなかったのが一番の誤算だった」という一点だ。

FAQ

Q. この記事の金額の根拠は?
傷病手当金の計算式(標準報酬日額の2/3、通算1年6ヶ月)は全国健康保険協会(協会けんぽ)の制度に基づく。障害厚生年金3級の最低保障額635,500円(2026年度=令和8年度)、報酬比例部分の計算式(平均標準報酬額×5.481/1000×加入月数、300月未満はみなし適用)は日本年金機構の年金額改定に基づく。休職中の社会保険料本人負担の概算率(14〜15%)は標準報酬月額に対する健康保険・厚生年金・雇用保険の労使折半後の目安。

Q. 休職中の社会保険料は必ず自己負担になる?
会社の制度によっては、傷病手当金から会社が立て替えて処理するケースや、休職中の保険料を一部補助する福利厚生がある会社もある。まずは自分の会社の休職規程・傷病手当金の申請窓口に確認するのが最優先の行動になる。

Q. 障害厚生年金3級はいつまでもらえる?
永続的な認定ではなく、多くの場合1〜5年ごとに診断書を提出する「更新(再認定)」がある。症状が軽快したと判定されれば支給停止になることもあるため、通院と診断書の記録を継続することが受給の前提になる。

Q. 自分が同じ状況になったらいくら不足するか知るには?
標準報酬月額と扶養家族の構成が変われば、傷病手当金の実質手取りも障害年金の受給額も変わる。自分の場合の必要保障額は就業不能保険シミュレーター、休職前の手取りは年収から手取り計算シミュレーター、休職中も発生する社会保険料の内訳は社会保険料シミュレーター、将来の年金額全体の見通しは年金受給額シミュレーターで確認できる。

Q. 数字が実感と合わない場合は?
標準報酬月額の改定タイミングや、加入期間・扶養家族の有無によって受給額は個別に変わる。正確な見込み額は年金事務所や協会けんぽの窓口で試算してもらうのが確実。記事の試算に疑問がある場合はお問い合わせフォームから連絡してほしい。

次にやるべき3つのこと

  1. 休職に入る前に、勤務先の傷病手当金の申請窓口と、休職中の社会保険料の支払い方法(自己振込か給与相殺か)を確認する
  2. 傷病手当金の実質手取り額を「額面×2/3」ではなく、社会保険料を差し引いた金額で家計を組み直す
  3. 民間の就業不能保険で公的保障との差額をどれだけ埋められるか、発症前の健康なうちに試算しておく

中野さんのケースが示すのは、公的な保障制度そのものは機能しているということだ。ただし「2/3もらえる」という説明の裏にある天引き前・天引き後の差を知らないまま休職に入ると、想定していたより早く貯蓄が尽きる。制度の存在を知ることと、手取りベースで数字を把握しておくことの間には、まだ埋まっていない溝がある。

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