給与明細の『控除欄』を1行ずつ解読する — 健康保険・厚生年金・雇用保険・所得税・住民税の計算ロジック
額面30万円・手取り24万円。差の6万円はどの欄でいくら引かれているのか。会社員の給与明細に並ぶ6種類の控除(健康保険・厚生年金・介護保険・雇用保険・所得税・住民税)について、それぞれの計算式・税率・出典を1行ずつ解説する制度ガイド。
額面月給30万円。振込通知に記された数字は237,000円前後。毎月引かれる63,000円の内訳を、1円単位で説明できるだろうか。
給与明細の控除欄には、会社員の場合おおむね6つの項目が並ぶ。健康保険・厚生年金・(介護保険)・雇用保険・所得税・住民税。それぞれが異なる根拠法令と異なる計算式で動いている。一見似ているが、税率の決まり方も改定タイミングも全く違う。
この記事では、控除欄に並ぶ6項目を1行ずつ順番に解読していく。手元に給与明細を広げながら読むと、自分の数字と一致する箇所が見つかるはずだ。
まず全体像:控除欄の構造
| 控除項目 | 性質 | 課税対象 | 改定タイミング |
|---|---|---|---|
| 健康保険料 | 社会保険料 | 標準報酬月額 | 4-6月給与で算定→9月反映 |
| 厚生年金保険料 | 社会保険料 | 標準報酬月額 | 同上 |
| 介護保険料 | 社会保険料(40歳以上) | 標準報酬月額 | 同上 |
| 雇用保険料 | 労働保険料 | 月給与額そのもの | 毎月変動(料率は年度更新) |
| 所得税 | 国税 | 課税対象額(額面-社保-控除) | 月ごとに源泉徴収、年末調整で精算 |
| 住民税 | 地方税 | 前年所得 | 6月〜翌5月で12分割固定 |
重要なポイントは2つ。まず、健康保険・厚生年金・介護保険は「標準報酬月額」という共通のベースで決まる(後述)。次に、住民税だけが前年の所得を見て計算される。新卒1年目に住民税が引かれず、2年目の6月から急に手取りが減るのはこの仕組みのためだ。
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① 健康保険料:標準報酬月額 × 約10%(労使折半)
健康保険料は、被保険者が病気やケガをしたときの医療給付の財源となる社会保険料。会社員の場合は労使折半なので、控除欄に表示されるのは本人負担分のみ。
計算式
```
健康保険料(本人負担)= 標準報酬月額 × 健康保険料率 ÷ 2
```
協会けんぽ(東京支部・2026年度)の場合、料率は9.98%。労使折半なので本人負担はその半分、約4.99%。
標準報酬月額とは
給与の実額そのものではなく、「等級」に当てはめた金額を使う。等級は4-6月の3ヶ月平均報酬で決まり、9月から翌8月まで適用される(定時決定)。等級表は1〜50等級まで設定されており、各等級ごとに代表額が定められている。
例:4-6月の平均報酬が28万5,000〜29万5,000円なら、標準報酬月額は29万円(22等級)として計算される。
額面別の本人負担額(協会けんぽ・東京支部・2026年度・40歳未満)
| 額面月収 | 標準報酬月額 | 健康保険料(本人負担/月) |
|---|---|---|
| 22万円 | 22万円 | 約10,978円 |
| 26万円 | 26万円 | 約12,974円 |
| 30万円 | 30万円 | 約14,970円 |
| 35万円 | 36万円 | 約17,964円 |
| 40万円 | 41万円 | 約20,459円 |
組合健保の場合は料率が異なる(多くの組合は協会けんぽより低めの8〜9%台)。給与明細の数字が早見表からズレるなら、勤務先がどの保険者かを確認するとよい。
社会保険料シミュレーターで、自分の年収・年齢に応じた額を試算できる。
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② 厚生年金保険料:標準報酬月額 × 18.3%(労使折半)
厚生年金は、老後の年金給付(老齢厚生年金)と、障害・死亡時の給付の財源となる。会社員にとっては控除欄で最も金額が大きい項目であることが多い。
計算式
```
厚生年金保険料(本人負担)= 標準報酬月額 × 18.3% ÷ 2 = 標準報酬月額 × 9.15%
```
料率18.3%は2017年9月に固定されて以降、現在も変わっていない(厚生労働省「厚生年金保険料額表」)。健康保険と違って都道府県差・組合差はない、全国一律。
額面別の本人負担額(2026年度)
| 額面月収 | 標準報酬月額 | 厚生年金保険料(本人負担/月) |
|---|---|---|
| 22万円 | 22万円 | 20,130円 |
| 26万円 | 26万円 | 23,790円 |
| 30万円 | 30万円 | 27,450円 |
| 35万円 | 36万円 | 32,940円 |
| 40万円 | 41万円 | 37,515円 |
| 65万円以上 | 65万円(上限) | 59,475円 |
注目すべきは上限。標準報酬月額の上限は65万円(32等級)で、それ以上の高収入でも厚生年金保険料は59,475円で頭打ちになる。これは将来の年金額にも上限が効くということで、年収1,000万円も2,000万円も、厚生年金から得られる老齢給付は理論上ほぼ同じになる。
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③ 介護保険料:40歳以上のみ・標準報酬月額 × 約1.6%(労使折半)
介護保険料は40歳の誕生日を含む月から徴収が始まる。それまでは控除欄に登場しない。給与明細を見ていきなり「介護保険料」の行が増えたら、40歳の節目を迎えたサインだ。
計算式
```
介護保険料(本人負担)= 標準報酬月額 × 介護保険料率 ÷ 2
```
協会けんぽの介護保険料率は1.60%(2026年度)。本人負担はその半分、0.80%。
額面別の本人負担額
| 額面月収 | 標準報酬月額 | 介護保険料(本人負担/月) |
|---|---|---|
| 30万円 | 30万円 | 約2,400円 |
| 40万円 | 41万円 | 約3,280円 |
| 50万円 | 50万円 | 約4,000円 |
40歳になった月の翌月給与(あるいはその月)から徴収開始。月単位で按分されないため、誕生日が月の中旬でも、その月の給与から1ヶ月分まるごと天引きされる点に注意。
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④ 雇用保険料:月給与額 × 0.55%(一般事業)
ここから上の3つとは性質が変わる。雇用保険料は標準報酬月額ではなく、その月に支給された総支給額そのものに料率を掛けて計算される。残業代やインセンティブが多い月は、雇用保険料も連動して増える。
計算式
```
雇用保険料(本人負担)= 月給与の総支給額 × 0.55%
```
料率は事業の種類で異なる。
| 事業区分 | 本人負担 | 事業主負担 |
|---|---|---|
| 一般の事業 | 0.55% | 0.90% |
| 農林水産・清酒製造業 | 0.65% | 1.00% |
| 建設業 | 0.65% | 1.10% |
(厚生労働省「令和7年度の雇用保険料率」に準拠。年度ごとに微調整あり)
計算例:総支給額30万円・一般の事業
```
30万円 × 0.55% = 1,650円
```
健康保険料・厚生年金が「等級ベース」で月によらず固定なのに対して、雇用保険料は支給額に完全連動する。この違いを意識すると、繁忙期の控除欄の動きが理解できる。
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⑤ 所得税:源泉徴収税額表に基づく月次概算
所得税は、社会保険料を引いた後の課税対象額に対して計算される。月次の天引き額は正確な税額ではなく概算で、年末調整で1年分を精算する仕組みになっている。
計算ロジック(簡略版)
- 月給与の総支給額から非課税通勤費を除外
- 健康保険・厚生年金・介護保険・雇用保険を控除
- 残った「社会保険料控除後の給与等の金額」を国税庁の「源泉徴収税額表」(月額表)に当てはめる
- 扶養人数(甲欄・乙欄)に応じた行を見て月次税額を確定
例:額面30万円・社保控除後25万円・扶養なしの場合
源泉徴収税額表(月額表・甲欄・扶養親族0人)を引くと、24万9,000円以上25万1,000円未満の行で税額は5,200円前後。
毎月引かれる5,200円は仮の数字で、年末調整で生命保険料控除・地震保険料控除・配偶者控除・住宅ローン控除などを反映した正確な年税額と比較し、差額が還付(または追徴)される。これが12月給与で還付金が出る仕組みだ。
源泉徴収シミュレーターで月次税額の概算を試算できる。
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⑥ 住民税:前年所得 × 約10%、6月〜翌5月で12分割
最後に住民税。これは「前年(1〜12月)の所得を翌年6月〜翌5月の12回で天引きする」特殊な仕組みになっている。
計算ロジック
```
住民税(年額)= 課税所得 × 10% + 均等割(約5,000円)- 調整控除等
月次徴収額 = 年額 ÷ 12
```
所得割10%の内訳は、市町村民税6%+都道府県民税4%。地域差はほぼなく、ふるさと納税・住宅ローン控除・医療費控除などの税額控除が引かれる。
年収別の住民税(独身・扶養なし・概算)
| 年収 | 課税所得 | 住民税(年額) | 月額 |
|---|---|---|---|
| 300万円 | 約138万円 | 約143,000円 | 約11,900円 |
| 400万円 | 約204万円 | 約209,000円 | 約17,400円 |
| 500万円 | 約268万円 | 約273,000円 | 約22,700円 |
| 600万円 | 約340万円 | 約345,000円 | 約28,700円 |
| 800万円 | 約487万円 | 約493,000円 | 約41,100円 |
会社員の場合、毎年5月下旬〜6月上旬に「特別徴収税額の決定通知書」が会社経由で配布される。6月の天引き額が前月までと変わるのは、新年度の住民税額に切り替わるからだ。
住民税シミュレーターで年収別の住民税を確認できる。
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額面30万円・40歳未満独身の控除欄まとめ(2026年度)
ここまで解説した6項目を、典型的な額面30万円・40歳未満・独身・東京都・協会けんぽに当てはめると次のようになる。
| 項目 | 月額 | 計算根拠 |
|---|---|---|
| 健康保険料 | 14,970円 | 標準報酬30万 × 4.99% |
| 厚生年金保険料 | 27,450円 | 標準報酬30万 × 9.15% |
| 介護保険料 | 0円 | 40歳未満のため |
| 雇用保険料 | 1,650円 | 総支給30万 × 0.55% |
| 所得税 | 約5,200円 | 源泉徴収税額表(甲欄・扶養0) |
| 住民税 | 約12,000円 | 前年所得から計算(年収換算で目安) |
| 控除合計 | 約61,270円 | |
| 手取り | 約238,730円 | 額面30万-控除合計 |
額面の約20%が天引きされる計算になる。年齢が40歳を超えれば介護保険料が乗り、年収が上がれば所得税の累進が効いてくる。手取り率は年収300〜800万円ゾーンで75〜80%が目安、と覚えておくと早見できる。
手取り計算シミュレーターで、額面・年齢・扶養を入れた精緻な手取り額を確認できる。
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よくある疑問(FAQ)
Q1. 4-6月の給与が高いと、本当に1年間損するのか?
健康保険・厚生年金・介護保険の保険料は、4-6月の3ヶ月平均で決まった「標準報酬月額」が9月から翌8月まで適用される。この期間に残業代が多いと、その後12ヶ月の社会保険料が高止まりする。ただし厚生年金の標準報酬月額は将来の年金額にも反映されるため、保険料が上がる=損とは言い切れない。短期的な手取り重視なら4-6月は残業を抑える発想もある、というだけの話。
Q2. 雇用保険料率が毎年変わる仕組みは?
雇用保険料率は厚生労働省が毎年4月に年度更新する。雇用保険財政の収支に応じて0.1〜0.2ポイント単位で増減する。2026年度は本人負担0.55%(一般の事業)。
Q3. 住民税が「6月だけ高くて7月から下がる」のはなぜ?
12分割で割り切れない端数を6月に上乗せする自治体が多いため。例:年額12.5万円なら、6月13,000円・7月以降11,300円のような割り振りになる。
Q4. 給与明細の合計額と振込額が1〜2円ズレるのは?
社会保険料は端数処理(50銭以下切り捨て・50銭超切り上げが原則)が入るため、月によって1円単位の誤差が出る。所得税の源泉徴収税額も10円未満四捨五入のことがあり、合計で数円のズレが残る。
Q5. 控除されている項目は確定申告で戻るのか?
社会保険料(健康保険・厚生年金・介護保険・雇用保険)は「社会保険料控除」として全額が所得税の課税所得から控除されている(年末調整で自動反映済)。確定申告で改めて戻ることはないが、iDeCo・生命保険料控除・医療費控除・ふるさと納税などは年末調整や確定申告で追加控除を受けられる。
Q6. 自分の標準報酬月額を確認する方法は?
ねんきんネット(日本年金機構)にログインすれば、過去〜現在の標準報酬月額の推移を確認できる。協会けんぽの場合は会社経由で「健康保険・厚生年金保険被保険者標準報酬決定通知書」を確認することもできる。
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関連シミュレーター
- 手取り計算シミュレーター — 額面から手取りを年収別に試算
- 社会保険料シミュレーター — 健康保険・厚生年金・介護保険の合計額
- 住民税シミュレーター — 年収別・扶養別の住民税
- 源泉徴収税額シミュレーター — 月次の所得税概算
- 健康保険組合比較 — 協会けんぽと組合健保の違い
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出典
- 全国健康保険協会「令和8年度保険料額表(東京支部)」
- 日本年金機構「厚生年金保険料額表」(厚生労働大臣告示)
- 厚生労働省「令和7年度の雇用保険料率」
- 国税庁「給与所得の源泉徴収税額表(令和8年分)」
- 総務省「個人住民税の概要」
控除欄の数字は、それぞれが異なる法律・異なる料率改定スケジュール・異なる課税ベースで動いている。「合わせて約2割引かれる」という大づかみの理解の先に、項目ごとの仕組みを把握しておくと、転職・昇給・40歳到達・住民税切替の月で起きる手取り変化を事前に読めるようになる。給与明細を引き出しに直行させていた人は、来月だけでも一度、6つの行を電卓で検算してみてほしい。