「月2.7万円の持ち出しで、節税で年30万円戻ります」——新築ワンルーム投資を勧められた32歳・年収600万円の佐伯さん(仮名)の数字を検算すると、実際の持ち出しは月3.3万円、節税は初年度15.5万円・2年目から7万円前後。10年後に3,000万円で売れても、同じお金をNISAに入れた場合より479万円少なかった【ケーススタディ】
品川区で一人暮らしをする32歳・年収600万円の会社員が、3,400万円の新築ワンルーム(家賃11万円・サブリース保証90%・35年ローン2.2%)を勧められたケース。営業資料が省く固定資産税・修繕積立金の値上げ・サブリース賃料の見直しを入れ、所得税・住民税の減り方を「土地の借入利子は損益通算できない」ルールと年収600万円の実際の税率(所得税10%+住民税10%)で計算し直した。10年後に2,600万・3,000万・3,400万円で売る3シナリオ、同額を年4%で運用した場合、6年目から金利が1%上がった場合を比較。
「月2.7万円の持ち出しで、35年後には家賃が年金代わりになるそうなんです。しかも年収600万円なら、節税で初年度に30万円以上戻るって」
佐伯さん(仮名・32歳)は、職場に電話をかけてきた不動産会社の担当者と2回会い、渡された収支シミュレーションをテーブルに広げた。物件は東京都内の新築ワンルーム、価格は3,400万円。不動産経済研究所によると、2025年上期に首都圏で供給された投資用マンションの平均価格は3,434万円、1㎡あたり133.4万円なので、ごく平均的な物件だ。
この記事では、営業資料の数字を一つずつ現実の前提に置き直し、「10年後に手元に何が残るか」まで計算する。
佐伯さんのプロフィール
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 年齢・職業 | 32歳・IT企業の会社員(独身・扶養家族なし) |
| 年収 | 600万円(社会保険料 年約88万円) |
| 住まい | 東京都品川区の賃貸(家賃9万円) |
| 貯蓄 | 預金400万円、新NISAつみたて月3万円 |
営業資料に書かれていた数字
| 項目 | 資料の数字 |
|---|---|
| 物件価格 | 3,400万円(専有25㎡) |
| 頭金 | 10万円(残り3,390万円をローン) |
| ローン | 35年・変動2.2%・月返済 11万5,800円 |
| 家賃 | 相場11万円、サブリース(家賃保証)で9万9,000円を受け取り |
| 管理費+修繕積立金 | 月1万円 |
| 月々の持ち出し | 9.9万 − 11.58万 − 1.0万 = 約2.7万円 |
| 節税効果 | 「初年度30万円以上」 |
計算そのものは間違っていない。問題は、書かれていない項目と、税金の計算のしかたにある。
現実の前提に置き直す(4つの修正)
修正1:固定資産税・都市計画税が抜けている
資料の「月2.7万円」には毎年の固定資産税・都市計画税が入っていない。新築マンションの建物分は軽減措置で最初の5年間は半額になるため、ここでは1〜5年目を年7万円、6年目以降を年9万円と置く。
修正2:修繕積立金は上がる前提で組まれている
新築時の修繕積立金は、販売しやすいよう低めに設定され、5年ごとなどに段階的に引き上げる計画が多い。6年目から管理費と合わせて月1.5万円とする。
修正3:サブリース賃料は「保証」でも見直される
サブリース契約は多くが2年ごとなどの賃料見直し条項を持ち、借地借家法の賃料減額請求の対象にもなる。国土交通省と消費者庁は、「家賃保証=ずっと同額」という勧誘をしないよう注意喚起している。6年目から5%減の月9.4万円とする。
修正4:諸費用120万円は現金で出ていく
登記費用・ローン手数料・不動産取得税などで、ここでは120万円。頭金10万円と合わせ、初期の現金は130万円。
修正後の年間の現金収支(税金の戻りを除く)はこうなる。
| 1〜5年目 | 6〜10年目 | |
|---|---|---|
| 家賃収入 | 118.8万円 | 112.8万円 |
| ローン返済 | −139.0万円 | −139.0万円 |
| 管理費・修繕積立金 | −12.0万円 | −18.0万円 |
| 固定資産税等 | −7.0万円 | −9.0万円 |
| 年間収支 | −39.2万円(月3.3万円) | −53.2万円(月4.4万円) |
資料の「月2.7万円」は、1年目から月3.3万円、6年目からは月4.4万円になる。
「節税で30万円」の正体
営業資料の節税額は、おおむねこう計算されている。
> 不動産所得の赤字 108.6万円 × 税率30% = 32.6万円
初年度の赤字の内訳は次のとおり。
| 金額 | |
|---|---|
| 家賃収入(サブリース) | 118.8万円 |
| ローン利息(1年目) | −73.9万円 |
| 減価償却費(建物本体1,666万円÷47年+設備714万円÷15年) | −84.5万円 |
| 管理費・修繕積立金、固定資産税 | −19.0万円 |
| 初年度だけの経費(登記費用など) | −50.0万円 |
| 不動産所得 | −108.6万円 |
ここに、資料が触れていない2つのルールが効いてくる。
ルール1:土地を買うための借入利子の分は、給与と相殺できない
不動産所得の赤字のうち、土地の取得に充てた借入金の利子に当たる部分は、給与所得との損益通算ができない(租税特別措置法41条の4)。土地の割合を3割(1,020万円)とすると、利息73.9万円の3割=22.2万円は相殺の対象外になる。
> 損益通算できる赤字 = 108.6万 − 22.2万 = 86.4万円
ルール2:年収600万円の単身者の税率は「30%」ではない
佐伯さんの課税所得を計算すると、
> 給与所得 436万円(600万 − 給与所得控除164万)− 社会保険料 88.3万 − 基礎控除 104万(令和8年分)= 243.7万円
所得税率は10%の区分で、30%(所得税20%+住民税10%)が当てはまる年収ではない。さらに赤字86.4万円を差し引くと課税所得は157.3万円となり、一部は5%の区分に下がる。
| 赤字なし | 赤字86.4万円 | 差 | |
|---|---|---|---|
| 所得税(復興特別所得税込み) | 14.9万円 | 8.0万円 | 6.9万円 |
| 住民税(所得割10%) | — | — | 8.6万円 |
| 合計の減税額 | 15.5万円 |
初年度の戻りは30万円ではなく 15.5万円。2年目以降は初年度だけの経費50万円がなくなるので、減税額は年7万円前後(1〜5年目は6.5〜7.2万円、6年目以降は8〜9万円)まで縮む。10年間の合計は 86.2万円。
10年目に売ったら、手元に何が残るか
10年間に佐伯さんが出すお金の合計は、
> 初期130万円 + 年間収支の赤字461.7万円 − 減税86.2万円 = 505.5万円
10年後のローン残高は2,671万円。売却価格を3通り置いて、仲介手数料(3%+6万円+消費税)と譲渡所得税(所有5年超・20.315%)を引いた手残りを出す。
| 10年後の売却価格 | 仲介手数料 | 譲渡所得税 | ローン完済後の手残り |
|---|---|---|---|
| 2,600万円(購入の−24%) | 92.4万円 | 0円 | −162.9万円(売っても足りない) |
| 3,000万円(−12%) | 105.6万円 | 68.9万円 | 155.0万円 |
| 3,400万円(買値と同じ) | 118.8万円 | 147.5万円 | 463.2万円 |
注目したいのは譲渡所得税だ。売却益は「売値 −(土地1,020万円+建物2,380万円 − 減価償却の累計845万円)」で計算するので、減価償却で経費にした分だけ、売るときの利益が大きくなる。3,000万円で売ると、10年で受けた減税86.2万円のうち68.9万円が譲渡所得税として戻っていく。節税というより、税金の支払いを先に延ばしている形に近い。
同じ505.5万円をNISAに入れていたら
初期130万円と、毎年の持ち出し(赤字−減税)を同じタイミングで新NISAに入れ、年4%で運用したとする。
| ワンルーム投資 | NISA(年4%) | |
|---|---|---|
| 10年間に出したお金 | 505.5万円 | 505.5万円 |
| 10年後の手元 | 155.0万円(3,000万円で売却) | 634.0万円 |
| 差 | 479.0万円 |
ワンルームがNISAに並ぶには、10年後に約 3,620万円 で売れる必要がある。新築で買った物件が、築10年で買値より6%高く売れる前提になる。都心の中古価格が上がった時期はあったが、その前提を置いて35年ローンを組むのは賭けに近い。
6年目に金利が1%上がったら
イオン銀行の投資用マンションローンは、変動金利の基準が2026年5月に年2.870%から3.220%に引き上げられた。投資用ローンは住宅ローンより金利が高く、住宅ローン控除もない。2.2%で借りた変動金利が6年目から3.2%になると、
- 月返済:11.58万円 → 13.19万円
- 10年間に出すお金:505.5万円 → 585.0万円
- 3,000万円で売ったときの手残り:155.0万円 → 104.0万円
- 同額をNISAに入れた場合:720.1万円(差は616万円)
「年金代わり」「保険代わり」は本当か
年金代わり:ローン完済は67歳。築35年の部屋の家賃が年1%ずつ下がると月約7.7万円、サブリース90%で約7.0万円。修繕積立金が月2.5万円、固定資産税が月0.6万円とすると、手元に残るのは月3.9万円ほどで、ここから所得税・住民税、エアコンや給湯器の交換、空室が出る。35年間の持ち出しを積み立てた場合と比べる必要がある。
保険代わり:ローンには団体信用生命保険が付き、死亡時は残債がゼロになる。ただ、独身で扶養家族のいない佐伯さんにとって、死亡保障の必要性はもともと低い。
佐伯さんが出した結論
佐伯さんは契約を見送り、NISAのつみたてを月3万円から5万円に増やすことにした。ワンルーム投資の持ち出しを想定していた月3.3万円の一部を回した形だ。
不動産投資そのものが悪いわけではない。中古で実質利回りが借入金利を十分に上回る、自己資金を厚く入れる、売却価格を保守的に見積もっても成り立つ——こうした条件がそろえば検討の余地はある。今回の物件は、表面利回り3.88%、サブリース後3.49%、管理費等と税金を引いた実質利回りは2.94%で、ローン金利2.2%との差が小さすぎた。
次に営業資料を渡されたら、確認したい7項目
- [ ] 固定資産税・都市計画税が収支に入っているか
- [ ] 修繕積立金の長期修繕計画(何年目にいくらに上がるか)
- [ ] サブリースの賃料見直し時期と、解約条件
- [ ] 節税額の計算に使った税率は、自分の課税所得の税率か
- [ ] 土地の借入利子の損益通算制限が考慮されているか
- [ ] 売却時の譲渡所得税(減価償却分が利益に戻る)を入れているか
- [ ] 金利が1%上がったときの月返済
物件の数字を入れれば、表面・実質利回りとキャッシュフローは不動産投資 利回り計算シミュレーターで確認できる。比較の相手として、同じ金額を積み立てた場合は新NISA 運用シミュレーター、自分の課税所得と税率は所得税率 早見シミュレーター、複数のローン金利での返済総額はローン比較シミュレーターで計算できる。
あなたの手元にある収支表は、上の7項目のうちいくつを満たしているだろうか。
---
計算の前提:物件3,400万円(土地1,020万円・建物本体1,666万円・設備714万円)、ローン3,390万円・35年・元利均等、年収600万円は10年間据え置き、社会保険料は年収の14.715%(協会けんぽ全国平均・40歳未満)、税額は令和8年分の所得税(基礎控除104万円・給与所得控除164万円)と住民税所得割10%で計算。NISAは毎年末に積み立て、年4%で複利運用、税金なしとした。
- 不動産経済研究所「首都圏投資用マンション市場動向 2025年上期」(平均価格3,434万円、1㎡単価133.4万円)
- 国税庁「不動産所得が赤字になったとき(損益通算の制限)」、租税特別措置法第41条の4
- 国税庁「源泉所得税の改正のあらまし(令和8年4月)」(基礎控除・給与所得控除)
- 国税庁「土地や建物を売ったとき(長期譲渡所得の税率)」
- イオン銀行「投資用マンションローン 変動金利の基準金利改定」(2026年5月1日)
- 国土交通省・消費者庁「サブリース事業に係る適正な業務のためのガイドライン」