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退職金2,000万円、どう運用する?——60歳・元メーカー勤務の田中さんの取り崩し設計【ケーススタディ】

定年で受け取った退職金2,000万円を、一括で使うでもタンス預金でもなく『3つのバケツ』に分けて運用・取り崩す。60歳・妻58歳・持ち家ローン完済の田中家をモデルに、現金クッション・安定運用・成長運用の配分、資産寿命のシミュレーション、退職金の落とし穴までを具体的な数字で設計する。

「この2,000万円、減らしたくないんです。でも、置いておくだけじゃ増えないのも分かっている」

定年退職の翌週、田中さん(仮名・60歳)はそう切り出した。大手メーカーで38年勤め上げ、退職金は税引き後で約2,000万円。妻の恵子さん(仮名・58歳)はパート勤務。持ち家の住宅ローンは完済済み、子ども2人はすでに独立している。

一見すると余裕のある老後だ。しかし田中さんの不安は具体的だった。「あと30年、95歳まで生きるとしたら、この2,000万円と年金で足りるのか。運用で失敗して半分になったら取り返せない」。この記事は、田中家の資産をどう配置すれば「減らさず、しかし働かせる」ことができるかを、数字で組み立てた記録だ。

田中家の現在地

まず前提を整理する。

項目内容
田中さん60歳・定年退職。60〜64歳は再雇用予定
恵子さん58歳・パート(年収約100万円)
退職金税引き後 約2,000万円
住まい持ち家・ローン完済
60〜64歳の世帯収入再雇用の手取り月20万円+パート+雇用保険の給付
65歳〜の公的年金夫婦合わせて月22万円(見込み)
生活費月28万円(旅行・帰省など含む)

再雇用期間の収入には、賃金が下がった分を補う高年齢雇用継続給付も含まれる。制度の中身は別記事「高年齢雇用継続給付とは」で詳しく触れたが、田中家の場合はこの給付が月2〜3万円ほど収入を底上げしている。

キャッシュフローを2段階で見ると、こうなる。

  • 60〜64歳(再雇用期):収入があるため、退職金の取り崩しは月2万円ほどで済む → 年24万円 × 5年 = 120万円
  • 65歳〜(年金生活):年金月22万円に対し生活費28万円 → 月6万円の不足 → 年72万円を取り崩す

つまり65歳時点で退職金は約1,880万円残り、そこから毎年72万円ずつ引き出していく設計になる。

「一括で使う」でも「全額預金」でもない第三の道

田中さんが最初に持っていた選択肢は2つだった。

  1. 銀行の「退職金専用定期」に預ける(安全だが増えない)
  2. 証券会社にすすめられた毎月分配型投信にまとめて入れる(増えそうだが中身が不透明)

結論から言えば、どちらも採らなかった。代わりに選んだのが、資産を使う時期で3つに分ける「バケツ戦略」だ。近い将来に使うお金はリスクを取らず、当分使わないお金だけを運用に回す。この考え方なら「暴落が来ても生活費は守られる」という安心感が得られる。

3つのバケツへの配分

田中家の2,000万円を、次のように分けた。

バケツ用途金額置き場所想定利回り
① 現金クッション5〜7年分の取り崩し+緊急費600万円普通預金・個人向け国債変動10年0〜0.5%
② 安定運用中期(5〜15年後)に使う700万円バランス型・債券中心の投信2〜3%
③ 成長運用長期(15年以上先)に使う700万円NISA成長投資枠でインデックス4〜5%(想定)

配分の考え方はシンプルだ。

  • ①現金クッションは「暴落が来ても、当面の生活費はここから出す」ための緩衝材。これがあるから②③を慌てて売らずに済む
  • ②安定運用は、①を使い切る前に補充する中継ぎ役。値動きは小さめに抑える
  • ③成長運用は、15年後・20年後の田中さん(=後期高齢期)のための備え。時間があるからこそインデックス投資で複利を効かせる

③の投信をインデックスで組むか、より低コストのETFで組むかは悩みどころだ。両者のコストと手間の違いはETFと投資信託の比較で確認できる。田中さんは「毎月自分で売買したくない」という理由で、自動で積立・再投資される投資信託を選んだ。

取り崩しのシミュレーション——資産はいつまで持つか

最大の関心事は「65歳から年72万円ずつ引き出して、資産は何歳まで持つか」だった。65歳時点の残高を1,880万円とし、運用利回り別に資産寿命を計算した。

全体の運用利回り年72万円取り崩し時の資産寿命
0%(すべて預金)約26年 → 91歳で枯渇
2%約37年 → 102歳まで持つ
3%約50年超 → 実質的に枯渇しない
4%元本が目減りしない

計算式は、年間取り崩し額を W、元本を P、利回りを r とすると、枯渇までの年数 n = log(W ÷ (W − P×r)) ÷ log(1+r)。たとえば利回り3%なら P×r = 1,880万円×3% = 56.4万円の運用益が毎年生まれ、取り崩し72万円との差は15.6万円だけ。元本の減りが非常に緩やかになり、50年以上持つ計算になる。

田中家の3バケツ全体の期待利回りは、加重平均でおよそ2.5〜3%。上の表に当てはめれば、95歳まで(30年)は十分に持ちこたえる見込みが立った。「減らしたくない」という当初の不安に、数字で答えが出た瞬間だった。

自分の年金額と生活費で同じ計算をしたい人は、退職金の取り崩しで取り崩し額・利回り・年数を入れ替えながら資産寿命を確かめられる。年金の見込み額そのものが不確かな場合は、先に老後の生活費で不足額を固めておくとよい。

一括投資か、時間をかけて分けて入れるか

もう一つの論点が「③の700万円を今すぐ全額投資するか、数年に分けて投資するか」だった。

  • 一括投資:統計的には、市場は長期的に上昇するため、早く入れたほうが期待リターンは高い
  • 分割投資(時間分散):高値づかみのリスクを平らにできる。ただし機会損失も生む

田中さんは折衷案を採った。③の700万円のうち300万円を初年度に投資し、残り400万円を2年かけて毎月コツコツ積み立てる。「頭では一括が有利と分かっていても、直後に暴落したら耐えられない」という自分の心理を織り込んだ判断だ。運用は数字だけでなく、続けられるかどうかで決まる。

長期でインデックスに積み立てた場合の増え方のイメージは、S&P500シミュレーションNISAシミュレーターで、利回りと年数を変えながら体感しておくと、暴落時に慌てて売らない心の準備になる。

税金——退職金と運用益で扱いが違う

退職金そのものには、受け取り時に退職所得控除が使われ、田中さんの場合はほぼ非課税で2,000万円を手にしている(勤続38年なら控除額は2,060万円)。ここは終わった話だ。

問題はこれから生む運用益にかかる税金だ。

  • NISA口座(③の一部):運用益・分配金は非課税
  • 特定口座(NISA枠を超えた分):運用益に20.315%が課税される

だからこそ、成長運用はまずNISAの非課税枠を優先して埋めるのが鉄則になる。分配金を定期収入として受け取りたい場合の手取りは、配当金・分配金の手取りで税引き後の金額を確認しておきたい。

田中さんが避けた3つの落とし穴

最後に、田中さんが「やらなかったこと」を挙げておく。退職金運用の失敗は、たいていこの3つに集約される。

  1. 退職金を一括で高リスク商品に入れる——2,000万円をまとめて株式100%にすると、翌年に30%下落すれば600万円が消える。取り返す時間が現役世代より短い高齢期には致命的
  2. 「退職金専用定期」の金利につられる——最初の3か月だけ高金利、その後は雀の涙という商品が多い。多くは抱き合わせで手数料の高い投信を買わされる構造になっている
  3. 毎月分配型投信で「タコ足配当」——分配金の一部が元本の払い戻しになっている商品では、受け取っているつもりで資産が減っていく

いずれも「安心」や「毎月もらえる」という言葉で入口が用意されている。田中さんはその都度、「これは①②③のどのバケツの役割か」と問い直して判断した。

この設計から持ち帰れること

田中家のケースは、次の3ステップに要約できる。

  1. 時期で分ける:近い将来に使うお金はリスクを取らず、当分使わないお金だけ運用に回す
  2. 資産寿命を計算する:取り崩し額・利回り・年数を入れて、何歳まで持つかを数字で把握する
  3. 自分の心理を織り込む:一括が有利でも、続けられなければ意味がない。分割や現金クッションは「続けるための保険」

退職金は、人生で一度きりの大きなお金だ。増やすことより「減らさずに寿命まで届かせる」ことを軸に置くと、選ぶべき配分は自ずと絞られてくる。あなたの年金額と生活費なら、資産は何歳まで持つだろうか——まずは退職金の取り崩しに、あなたの数字を入れてみてほしい。

出典:厚生労働省「就労条件総合調査」(退職給付額の実態)、金融庁「NISA早わかりガイドブック」、国税庁「退職所得の課税」(所得税法第30条・退職所得控除)、総務省「家計調査(高齢夫婦無職世帯)」。本記事の利回り・資産寿命は一定利率を前提とした試算であり、将来の運用成果を保証するものではない。

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