厚生年金の保険料上限が2027年9月から3段階引き上げ|標準報酬月額65万→75万円で月収75万円以上は年11万円の負担増——見返りの年金増を検算
2025年成立の年金制度改正法で、厚生年金の標準報酬月額の上限が2027年9月に68万円、2028年9月に71万円、2029年9月に75万円へ引き上げられる。対象は報酬月額66.5万円以上の会社員。本人負担は最大で月9,150円・年109,800円増える一方、将来の年金は拠出1年あたり年6,577円増える。負担増と年金増の損益分岐を計算式から検算する。
月9,150円、年間109,800円。2029年9月以降、月収75万円以上の会社員の給与から新たに天引きされる厚生年金保険料の増加額だ。
2025年6月13日に成立した年金制度改正法には、106万円の壁の撤廃や在職老齢年金の基準額引き上げと並んで、もうひとつ高所得の会社員に直接効く改正が含まれている。厚生年金の標準報酬月額の上限を、現行の65万円から75万円へ3段階で引き上げるという内容だ。
「上限が上がる」と聞いてもピンとこないかもしれないが、これは実質的に月収おおむね66.5万円以上(年収目安800万円台以上)の会社員だけを対象にした保険料の引き上げだ。国税庁「民間給与実態統計調査(令和5年分)」では年収800万円超の給与所得者は全体の約1割。その約1割に何が起き、見返りに何が増えるのかを検算していく。
標準報酬月額の「上限」とは何か
厚生年金の保険料は、実際の月給ではなく「標準報酬月額」という等級表に当てはめた金額に保険料率18.3%(労使折半、本人負担9.15%)を掛けて計算される。この等級表には上限があり、現在は報酬月額63.5万円以上の人は全員、一律「第32等級・65万円」として扱われる。
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月収65万円の人: 65万円 × 9.15% = 59,475円/月
月収100万円の人: 65万円 × 9.15% = 59,475円/月(同じ)
```
月収100万円でも200万円でも、厚生年金保険料は月59,475円で頭打ち——これが上限の意味だ。そのぶん将来受け取る年金も65万円ベースで計算されるため、「高所得者ほど保険料率が実質的に軽い」構造になっていた。賃金上昇で上限に張り付く人が増えたこと、健康保険の上限(第50等級・139万円)と大きく乖離していることが、今回の引き上げの背景にある。
引き上げのスケジュール——3年かけて65万→75万円
| 時期 | 標準報酬月額の上限 | 上限等級の保険料(本人負担9.15%) | 現行比の負担増(月額) |
|---|---|---|---|
| 現在(2027年8月まで) | 65万円 | 59,475円 | — |
| 2027年9月〜 | 68万円 | 62,220円 | +2,745円 |
| 2028年9月〜 | 71万円 | 64,965円 | +5,490円 |
| 2029年9月〜 | 75万円 | 68,625円 | +9,150円 |
等級は3つ追加され、32等級から35等級になる。新しい等級の区切りは「報酬月額66.5万円以上→68万円」「69.5万円以上→71万円」「73万円以上→75万円」だ。
重要なのは、負担が増えるのは報酬月額66.5万円以上の人だけという点。月収64万円の人は現在も改正後も第32等級・65万円のままで、保険料は1円も変わらない。
月収別の影響早見表
| 報酬月額 | 現在 | 2027年9月〜 | 2028年9月〜 | 2029年9月〜 | 最終的な負担増(年額) |
|---|---|---|---|---|---|
| 64万円 | 59,475円 | 59,475円 | 59,475円 | 59,475円 | 0円 |
| 68万円 | 59,475円 | 62,220円 | 62,220円 | 62,220円 | +32,940円 |
| 72万円 | 59,475円 | 62,220円 | 64,965円 | 64,965円 | +65,880円 |
| 80万円 | 59,475円 | 62,220円 | 64,965円 | 68,625円 | +109,800円 |
会社も同額を負担するため、労使合計では月収75万円以上の社員1人あたり月18,300円・年219,600円の負担増になる。自分の月収でいくら天引きされるかは社会保険料シミュレーターで等級ごと確認できる。
なお、今回引き上げられるのは厚生年金のみ。健康保険の上限(139万円)は変わらず、賞与にかかる標準賞与額の上限(厚生年金は1回150万円)も据え置きだ。
見返りはいくらか——「払い損」かどうかの検算
厚生年金は保険料を多く払えば年金も増える「報酬比例」の仕組みだ。2003年4月以降の期間の年金額は次の式で決まる。
```
報酬比例部分(年額) = 平均標準報酬額 × 5.481/1000 × 加入月数
```
2029年9月以降、月収75万円以上の人が1年間働くと、標準報酬月額が旧上限より10万円高く記録される。年金への効果は:
```
10万円 × 5.481/1000 × 12ヶ月 = 年6,577円(終身)
```
追加で払う保険料は本人負担で年109,800円。つまり109,800円を1年払うごとに、65歳からの年金が年6,577円ずつ増える。元を取るには 109,800 ÷ 6,577 ≒ 16.7年の受給が必要で、65歳受給開始なら約82歳で回収できる計算だ。
厚生労働省「令和5年簡易生命表」によると65歳の平均余命は男性約19.5年(84歳半ば)・女性約24.3年(89歳超)なので、平均寿命まで生きれば本人負担分は回収できる。さらに2点、見落としやすいプラスがある。
- 保険料は全額が社会保険料控除の対象。所得税率20%の人なら、年109,800円の負担増で所得税・住民税が年約3.3万円減り、実質負担は約7.6万円。実質ベースの回収期間は約11.6年、77歳時点まで縮む
- 障害厚生年金・遺族厚生年金も報酬比例のため、万一のときの給付も同じ比率で増える
一方、会社負担分まで含めた労使合計219,600円で見ると回収には33年以上かかる。「個人としては回収可能、労使トータルでは負担超過」——これが今回の改正の正直な収支だ。増えた年金が老後の家計に与える影響は年金受給額シミュレーターで試算できる。
対象になりやすい人・注意したい人
- 月給型の報酬体系の管理職・専門職: 月収66.5万円以上なら段階的に対象。年収が同じでも賞与比率が高い人は月収が上限未満に収まり、影響が出ないことがある
- 役員報酬を月額で設計している経営者・役員: 月75万円の役員報酬は2029年9月以降、労使合計で年約22万円のコスト増。法人側の社会保険料負担を含めた報酬設計の見直し材料になる
- 50代後半の高所得会社員: 拠出期間が短いまま受給に入るため負担増は限定的で、直近の標準報酬が上がるぶん年金への反映は比較的早い
手取りへの影響は手取り計算シミュレーターで、保険料増を踏まえた老後資金の必要額は老後資金シミュレーターで確認できる。控除を増やして所得税側で調整したい場合はiDeCoシミュレーターが使える。
FAQ
Q. この記事の前提データはどこから?
2025年6月13日成立の年金制度改正法(社会経済の変化を踏まえた年金制度の機能強化のための国民年金法等の一部を改正する等の法律)および厚生労働省の公表資料に基づく。保険料率18.3%は厚生年金保険法81条、給付乗率5.481/1000は同法43条ほか、平均余命は厚生労働省「令和5年簡易生命表」、年収分布は国税庁「民間給与実態統計調査(令和5年分)」による。
Q. 健康保険料も一緒に上がる?
上がらない。今回の改正は厚生年金の上限のみで、健康保険の標準報酬月額の上限(第50等級・139万円)は変更されない。健康保険はもともと上限が高く、月収139万円まで報酬に応じた保険料がかかっている。
Q. 「年収の壁」の話と関係ある?
直接の関係はない。106万円・130万円の壁は「加入するかどうか」の境界で、主にパート層の話。今回の上限引き上げは「すでに加入している高所得層がいくら払うか」の話で、同じ改正法に入っているが対象層は正反対だ。106万円の壁の撤廃(2026年10月)については別記事で解説している。
Q. 数字が実感と合わない場合は?
標準報酬月額には基本給だけでなく残業代・通勤手当・住宅手当なども含まれるため、「基本給ベースの月収」で見ると等級がひとつ上にずれていることが多い。給与明細の健康保険料から逆算すると自分の等級が分かる。それでも合わない場合はお問い合わせから条件を添えてどうぞ。
まとめ
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 何が変わる | 厚生年金の標準報酬月額上限が65万→68万→71万→75万円 |
| いつから | 2027年9月・2028年9月・2029年9月の3段階 |
| 誰が対象 | 報酬月額66.5万円以上(月収64万円以下は影響なし) |
| 負担増の最大 | 本人負担で月9,150円・年109,800円(労使計は倍) |
| 見返り | 拠出1年あたり年金が年6,577円増・約82歳で回収 |
「取られるだけ」ではなく年金・障害・遺族給付に跳ね返る負担増ではあるが、施行までまだ1年ある。まずは自分の報酬月額が66.5万円のラインを超えているか、給与明細で確かめるところからだ。