退職金2,000万円、一時金・年金・併用の3択——給付利率2%の年金は10年で227万円増えるのに、税と国保で339万円消える。税金・社会保険料・運用の3層で横断比較する【判定フローチャート付き】
令和5年就労条件総合調査では、退職給付制度のある企業の21.4%が一時金と年金の併用型。勤続38年・退職金2,000万円・60歳の佐伯さんをモデルに、全額一時金/10年確定年金(給付利率2%)/半々の併用を、退職所得控除・雑所得課税・国保と介護保険料・運用の3層で10年間検算する。年金が一時金に追いつく給付利率の損益分岐は3.16%だった。
結論から書く。退職所得控除の枠に収まる退職金は、一時金で受け取ったほうが手取りが多い。会社の年金の給付利率が3%を超えていなければ、だ。
「年金で受け取れば2%の利息がつく」と人事から説明されると、預金金利より有利に聞こえる。けれど年金形式の退職金は雑所得として毎年課税され、65歳以降は国民健康保険料と介護保険料の算定所得にも入る。この記事では、税金・社会保険料・運用の3層を10年分積み上げて、3つの受け取り方を同じ土俵に並べる。
3つの受け取り方と、それを選べる人の割合
厚生労働省「令和5年就労条件総合調査」によると、退職給付制度がある企業のうち、退職一時金制度のみが69.0%、退職年金制度のみが9.6%、両制度の併用が21.4%。大学・大学院卒(管理・事務・技術職)の定年退職者1人あたり平均退職給付額は1,896万円だった。
年金で受け取れるのは、確定給付企業年金(DB)や企業型確定拠出年金(DC)を持つ企業、または退職一時金を分割払いする「自社年金」を規約に持つ企業に限られる。DBは年金資産が会社の外で管理されるが、自社年金は会社が支払い続ける前提なので、会社の信用リスクを負う点が違う。まず自分の会社がどのタイプかを、退職金規程か人事への問い合わせで確認しておきたい。
モデル:60歳・勤続38年・退職金2,000万円の佐伯さん
| 項目 | 前提 |
|---|---|
| 本人 | 佐伯さん(仮名)、60歳、東京都23区在住、持ち家ローン完済 |
| 勤続年数・退職金 | 38年、2,000万円 |
| 会社の制度 | 全額一時金/全額を10年確定年金(給付利率2.0%)/任意の割合で併用 |
| 60〜64歳 | 再雇用で年収300万円(勤務先の社会保険に加入) |
| 65歳以降 | 公的年金が年200万円 |
| 配偶者 | 妻58歳、パート年収130万円(勤務先の社会保険に加入) |
税率は2026年時点の所得税法、住民税は東京都23区の10%と均等割5,000円、国民健康保険料は23区の2026年度統一料率、介護保険料は23区平均の基準額6,400円/月を使う。基礎控除は合計所得132万円以下なら95万円、超えると58万円とした。
第1層:税金——一時金は0円、年金は毎年課税
勤続38年の退職所得控除は、800万円 + 70万円 × (38 − 20) = 2,060万円。退職金2,000万円は控除の枠内に収まり、一時金で受け取れば所得税も住民税も0円だ。退職金手取りシミュレーターに「2,000万円・勤続38年」と入れると、手取り2,000万円がそのまま表示される。
年金形式にすると、退職所得ではなく「公的年金等の雑所得」に変わる。適用されるのは公的年金等控除で、老齢年金と枠を分け合う。
| 年齢 | 公的年金等の収入 | 控除額(他の所得1,000万円以下) |
|---|---|---|
| 65歳未満 | 130万円未満 | 60万円 |
| 65歳未満 | 130万〜410万円 | 収入 × 25% + 27.5万円 |
| 65歳以上 | 330万円以下 | 110万円 |
| 65歳以上 | 330万〜410万円 | 収入 × 25% + 27.5万円 |
| 65歳以上 | 410万〜770万円 | 収入 × 15% + 68.5万円 |
2,000万円を給付利率2%・10年で受け取ると、年額は次の式で222.7万円になる。
```
年額 = 2,000万円 × 0.02 ÷ (1 − 1.02^-10) = 222.7万円
10年の総受取額 = 2,227万円(元本より227万円多い)
```
60歳時点の雑所得は、222.7万円 − (222.7万円 × 25% + 27.5万円) = 139.5万円。65歳になると公的年金200万円と合算した422.7万円が収入となり、控除は131.9万円、雑所得は290.8万円に跳ね上がる。一時金を選んでいれば、65歳以降の雑所得は200万円 − 110万円 = 90万円で済む。
第2層:社会保険料——65歳からの国保と介護保険料が効く
見落とされやすいのがこの層だ。60〜64歳の再雇用中は勤務先の社会保険に加入しているため、保険料は給与だけで決まり、年金形式の退職金を受け取っても保険料は1円も増えない。
65歳で退職して国民健康保険に移ると話が変わる。23区の国保料は、所得割9.54%(医療分7.13% + 支援金分2.41%)を「合計所得 − 43万円」に掛け、均等割62,700円を足す。介護保険料は第1号被保険者となり、合計所得に応じた段階で基準額の倍率が変わる。
| 65〜69歳の年間負担 | 一時金 | 年金10年 | 併用 |
|---|---|---|---|
| 合計所得 | 90万円 | 290.8万円 | 201.3万円 |
| 国民健康保険料 | 10.8万円 | 29.9万円 | 21.4万円 |
| 介護保険料 | 9.2万円(第6段階・1.2倍) | 11.5万円(第8段階・1.5倍) | 10.0万円(第7段階・1.3倍) |
| 所得税 + 住民税 | 0.5万円 | 25.6万円 | 13.7万円 |
年金形式では、65〜69歳の5年間で毎年46.6万円、一時金より多く払うことになる。国保料だけで年19.1万円の差だ。自分の自治体での金額は国民健康保険料シミュレーターと介護保険料シミュレーターで確かめられる。
さらに2つ、金額に出にくい影響がある。合計所得が210万円を超えると高額療養費の自己負担上限が区分エ(月57,600円)から区分ウ(月80,100円〜)に上がる。年金の受取期間が70歳以降まで続く場合、課税所得145万円以上で医療費の窓口負担が3割になる。10年より長い年金を選ぶ人ほど、この2点が効いてくる。
第3層:運用——2,000万円を自分で運用した場合
一時金で受け取った2,000万円を、年金と同じく10年で均等に取り崩しながら運用したときの総額を並べる。
| 運用先 | 利回り | 10年の総受取額 | 元本との差 |
|---|---|---|---|
| 普通預金に置く | 0% | 2,000万円 | 0円 |
| 定期預金・個人向け国債 | 1% | 2,112万円 | +112万円(課税後 +89万円) |
| 新NISAでインデックス投資 | 3% | 2,345万円 | +345万円(非課税枠内) |
1%運用の増分112万円には20.315%の税金がかかるが、これは分離課税なので国保料や介護保険料には影響しない。年金形式の増分227万円が雑所得として総合課税され、社会保険料にも波及するのとは、税の性質がまったく違う。
10年間の横断比較:純手取りで並べる
3層を合計すると、こうなる。
| 受け取り方 | 10年の総受取額 | 一時金に対する追加の税金 | 追加の国保・介護保険料 | 純手取り |
|---|---|---|---|---|
| 一時金(預金0%) | 2,000万円 | 0 | 0 | 2,000万円 |
| 一時金(1%運用) | 2,112万円 | 23万円 | 0 | 2,089万円 |
| 年金10年(給付利率2%) | 2,227万円 | 232万円 | 107万円 | 1,888万円 |
| 併用(一時金1,000万・年金1,000万) | 2,113万円 | 105万円 | 57万円 | 1,951万円 |
年金形式は元本より227万円多く受け取るのに、税金232万円と社会保険料107万円で339万円が消え、預金に置いただけの一時金にも112万円負ける。併用は損失を半分にするが、それでも一時金には届かない。
年金が一時金(預金0%)と並ぶ給付利率を逆算すると3.16%、1%運用の一時金と並ぶには4.04%が必要だった。「年金にすると2%つく」の2%は、この損益分岐の下にある。
受け取り期間を5年(60〜64歳、在職中のみ)に縮めると、国保の影響は避けられるが年額が424万円に膨らんで累進税率が上がり、純手取りは1,850万円とさらに悪化する。逆に給付利率が3%なら年金の純手取りは1,984万円まで戻り、ほぼ一時金と並ぶ。
年金形式が勝つ3つの条件
- 退職金が退職所得控除を超えている。 たとえば勤続25年で2,000万円なら控除は1,150万円、一時金の税額は85.6万円になる。超えた部分だけを年金に回す併用が、控除を使い切りつつ税額を抑える組み合わせになる。
- 給付利率が3%を超えている、または終身年金である。 損益分岐を上回る利率なら年金が有利だし、終身なら長生きリスクを会社が引き受けてくれる。この価値は上の表には出ていない。
- 一時金をまとまった額で持つことに不安がある。 使い込みや投資詐欺のリスクを考えて、あえて分割で受け取る判断もある。その場合は「税と保険料で1割減る」コストを自覚したうえで選ぶ。
判定フローチャート
```
Q1. 退職金は退職所得控除(勤続20年超なら800万円 + 70万円 × 超過年数)に収まるか?
├─ 収まる → Q2へ
└─ 超える → 超えた部分を年金に回す「併用」を第一候補にしてQ2へ
Q2. 会社の年金の給付利率は3%以上か、または終身年金か?
├─ YES → 年金(または併用)が有利。65歳以降の国保料増を確認して決める
└─ NO → Q3へ
Q3. 65歳以降に国民健康保険に入る予定か?(配偶者の扶養や再就職先の社保に入れないか)
├─ 入る → 一時金が有利。年金を選ぶなら受取期間を60〜64歳の在職中に寄せる
└─ 入らない → 税金だけの比較になる。給付利率が2%以上なら併用も検討できる
Q4. 一時金をまとまった額で管理することに不安があるか?
├─ ある → 併用で「生活費10年分を年金、残りを一時金」に分ける
└─ ない → 一時金で受け取り、自分で取り崩し計画を立てる
```
手続きで押さえる4点
- 選択の期限。 受け取り方の申告は退職の2〜3ヶ月前に会社から書類が届くのが一般的で、退職後に変更できない規約がほとんどだ。
- 年金化できる下限額。 規約で「一時金相当額○○万円以上」といった条件が付いていることがある。
- 遺族への保証。 10年確定年金なら、受給途中で亡くなった場合は残りの期間分が遺族に一時金で支払われる。保証期間のない終身年金は、早く亡くなると受取総額が減る。
- iDeCoとの控除調整。 iDeCoの一時金を受け取る年の前年以前19年内に退職金を受け取っていると、iDeCo側の退職所得控除が重複分だけ減らされる。逆の順序(iDeCo一時金が先で退職金が後)では調整の対象は「前年以前4年内」だったが、2026年1月以降は「前年以前9年内」に広がった。
FAQ
この記事の計算の前提データはどこから?
退職所得控除と1/2課税は所得税法第30条、公的年金等控除は所得税法第35条、所得税率は2026年時点の速算表、住民税は東京都23区の所得割10%と均等割5,000円(森林環境税を含む)を使いました。国保料率は23区の2026年度統一料率(医療分7.13%・支援金分2.41%・均等割62,700円)、介護保険料は第9期(2024〜2026年度)の23区平均基準額6,400円/月と13段階の倍率です。企業の制度形態の割合と平均退職給付額は厚生労働省「令和5年就労条件総合調査」によります。
年金形式のほうが総受取額は多いのに、なぜ損になるのですか?
増えた227万円が雑所得として総合課税され、その所得が国保料と介護保険料の算定にも使われるからです。一時金の運用益は分離課税で保険料に影響せず、そもそも退職所得控除の枠内なら退職金自体が非課税です。「増えた額」ではなく「税と保険料を引いた後の手取り」で比べる必要があります。
60〜64歳のうちに年金を受け取れば、国保料の問題は避けられますか?
在職中に勤務先の社会保険に加入していれば、年金形式の退職金を受け取っても保険料は上がりません。ただし受取期間を5年に縮めると年額が大きくなり、累進税率で所得税が増えます。佐伯さんのモデルでは5年受取の純手取りは1,850万円で、10年受取より38万円悪化しました。
数字が実感と合わない場合は?
国保料率と介護保険料の基準額は自治体で大きく異なり、配偶者の年金や扶養の有無、住宅ローン控除などで税額も変わります。この記事は東京都23区・単身の国保加入・配偶者特別控除38万円という前提です。前提を変えても大きくずれる場合は、お問い合わせページからご連絡ください。
次のアクション
- 退職金規程を確認し、年金化の可否・給付利率・受取期間・保証期間の4点を書き出す
- 退職金手取りシミュレーターで、自分の勤続年数の退職所得控除に退職金が収まるか確かめる
- 65歳以降の収支は定年後の収入プランシミュレーターで年金額と再雇用給与を並べて把握する
- 一時金を選ぶなら、取り崩しの年額と資産寿命を定年後の取り崩しシミュレーターで決めておく
- 受け取り方の申告書が届く前に、この記事の判定フローを配偶者と一緒に一度たどる