在職定時改定とは|65歳から働いた分の年金が退職を待たずに毎年増える仕組み——月給22万円なら年14,470円ずつ上乗せされる計算を検算
2022年に始まった「在職定時改定」は、65歳以上で厚生年金に加入しながら働く人の老齢厚生年金を、退職を待たずに毎年再計算して増やす仕組み。月給22万円・賞与なしで1年働くと年金は年額14,470円(月あたり1,206円)増える。計算式「平均標準報酬額×5.481/1000×加入月数」の検算、対象になる人・ならない人、保険料の元が取れるのは何歳か、2026年施行の在職老齢年金62万円改正との関係まで根拠法令に沿って解説する。
65歳を過ぎて厚生年金に加入しながら働いている人の給与明細からは、今も毎月、厚生年金保険料が引かれ続けている。月給22万円なら本人負担は月20,130円。「もう年金をもらっているのに、まだ払うのか。この保険料は自分に返ってくるのか」——この疑問に対する制度側の回答が、2022年4月に導入された在職定時改定だ。
結論から言うと、65歳以降に払った保険料の分だけ、年金は退職を待たずに毎年1回、自動で増える。月給22万円・賞与なしで1年働けば、老齢厚生年金は年額約14,470円(月あたり約1,206円)上乗せされる。この記事では、その計算式を検算しながら、対象になる人・ならない人、そして「保険料の元が取れるのか」まで掘り下げる。
在職定時改定が生まれる前は「退職するまで1円も増えなかった」
まず前提として、厚生年金の報酬比例部分は「働いて保険料を納めた期間と報酬」に応じて増える。ところが2022年3月までは、65歳以降に働いた分が年金額に反映されるタイミングは次の2つしかなかった。
- 退職したとき(退職後1ヶ月経過で再計算される「退職改定」)
- 70歳に到達したとき(厚生年金の加入資格を失うため、そこで再計算)
つまり68歳まで働き続ける人は、66歳・67歳の時点では、65歳以降に納めた保険料が年金額に1円も反映されていなかった。「保険料は取られるのに年金は増えない」ように見える期間が最長5年続く構造だったわけだ。
これを改めたのが2020年の年金制度改正法(令和2年法律第40号)で、2022年4月から在職中でも毎年1回、それまでの加入実績を年金額に反映させる在職定時改定が始まった。就労意欲を削がないための改正、というのが厚生労働省の説明である。
仕組み: 毎年9月1日を基準日に再計算し、10月分から増える
在職定時改定のスケジュールは毎年固定だ。
- 基準日は毎年9月1日。この日に65歳以上70歳未満の厚生年金被保険者で、老齢厚生年金を受給している人が対象になる
- その年の8月までの加入記録を反映して年金額を再計算する
- 10月分の年金から増額される(年金は偶数月に前2ヶ月分が後払いされるため、実際に振込額が変わるのは12月15日の支払いから)
手続きは不要で、日本年金機構が自動で行う。改定後は「年金額改定通知書」が届くので、いくら増えたかはそこで確認できる。
検算: 1年働くと年金はいくら増えるのか
増える金額は、報酬比例部分の本来の計算式そのままだ。2003年4月以降の期間については:
```
年金の増加額(年額) = 平均標準報酬額 × 5.481/1000 × 追加された加入月数
```
「平均標準報酬額」は、月給から決まる標準報酬月額と賞与(標準賞与額)を合算して月数で割ったものと考えればよい。実際に3パターン検算してみる。
| 働き方 | 平均標準報酬額 | 1年(12ヶ月)での増加額 | 月あたり |
|---|---|---|---|
| 月給22万円・賞与なし | 220,000円 | 220,000×5.481/1000×12 = 14,470円/年 | 約1,206円 |
| 月給30万円・賞与年72万円 | 360,000円 | 360,000×5.481/1000×12 = 23,678円/年 | 約1,973円 |
| パート月8.8万円・賞与なし | 88,000円 | 88,000×5.481/1000×12 = 5,788円/年 | 約482円 |
ポイントは2つ。
- 増加額は報酬に比例する。月給30万円+賞与ありなら、1年ごとに年2.4万円弱のペースで年金が積み上がる
- この増額は一度きりではなく終身続く。66歳の改定で増えた14,470円は、67歳の改定でさらに14,470円が上乗せされ、5年フルに働けば70歳時点で年額約72,349円(月約6,029円)の増額が生涯続く
なお、65歳以降の厚生年金加入で増えるのは報酬比例部分だけだ。老齢基礎年金は20歳から60歳までの480ヶ月で満額が決まる仕組みのため、65歳以降にいくら働いても基礎年金側は増えない。「厚生年金保険料を払っているのに増え方が思ったより小さい」と感じる主因はここにある。
対象になる人・ならない人
| 状況 | 在職定時改定の対象か |
|---|---|
| 65〜69歳・厚生年金に加入して働き、老齢厚生年金を受給中 | 対象(毎年10月分から増額) |
| 70歳以上で働いている | 対象外(70歳で被保険者資格を失う。70歳到達時に最後の改定が行われ、以降は保険料負担もなし) |
| 65歳未満(60〜64歳)で働いている | 対象外(この期間の加入分は65歳時点または退職時の改定でまとめて反映) |
| 繰下げ待機中で年金を受け取っていない | 対象外(毎年の改定は行われず、受給開始時にそれまでの加入分がまとめて反映される) |
| 週20時間未満などで厚生年金に加入していない | 対象外(そもそも保険料を払っていないので増えない) |
繰下げ待機中の人が対象外である点は誤解が多い。年金の繰上げ・繰下げシミュレーターで試算するときも、「繰下げ増額(1ヶ月0.7%)」と「在職定時改定による増額」は別ルートで、両方が同時に毎年積み上がるわけではないことに注意したい。
保険料の「元」は取れるのか——約17年で回収の計算
月給22万円のケースで損得を検算してみる。
- 払う保険料: 220,000円 × 18.3% ÷ 2(労使折半) = 月20,130円、年間241,560円
- 増える年金: 年額14,470円(終身)
つまり「1年分の保険料241,560円」で「年14,470円の終身年金」を買っている構図になる。回収に必要な期間は 241,560 ÷ 14,470 = 約16.7年。66歳から増額分を受け取り始めるとすれば、83歳前後で元が取れる計算だ。
これを長いと見るかどうかの参考になるのが平均余命である。厚生労働省「令和5年簡易生命表」によると、65歳時点の平均余命は男性19.52年(約84.5歳まで)、女性24.38年(約89.4歳まで)。平均的な寿命まで生きれば、男女とも回収ラインを超える。しかも会社が同額を負担している分を含めた給付として見れば、本人負担ベースの実質利回りはさらに高い。「取られ損」と断じるほど不利な保険料ではない、というのが数字の示すところだ。
注意点: 増えた年金が「在職老齢年金」で止められることがある
働きながら年金を受け取る場合、もう一つの制度在職老齢年金が並走している。基本月額(老齢厚生年金の月額)と総報酬月額相当額(月給+直近1年の賞与÷12)の合計が基準額を超えると、超えた分の半分の年金が支給停止になる仕組みだ。
ここで効いてくるのが2025年成立の年金制度改正法で、2026年4月から支給停止の基準額が51万円から62万円へ大幅に引き上げられた。
- 例1: 基本月額15万円 + 総報酬月額相当額36万円(月給30万円+賞与月割6万円) = 合計51万円 → 旧基準ではぎりぎりだったが、現行の62万円基準では全額支給
- 例2: 基本月額18万円 + 総報酬月額相当額48万円 = 合計66万円 → (66万 − 62万) ÷ 2 = 月2万円が支給停止
在職定時改定で増えた分は基本月額に算入されるため、高収入で働き続ける人は「毎年増えるが、増えた分の一部が止まる」ことも起こり得る。もっとも62万円への引き上げで、対象になるのは月給と年金の合計が相当高い層に限られるようになった。自分の場合に停止がかかるかは定年後の収入プランシミュレーターで月次収支ごと確認できる。
65歳以降の働き方を数字で決めるためのチェックリスト
- 自分の年金見込み額をまず把握する — 年金受給額シミュレーターでベースを試算
- 65歳以降の月給案から、毎年の増額ペース(月給×5.481/1000×12)を概算する
- 給与から引かれる保険料は社会保険料計算シミュレーターで確認し、手取りベースで働き方を比べる
- 月給+年金の合計が62万円を超えそうなら在職老齢年金の停止額を織り込む
- 年金だけで足りるかどうかは定年後の生活費シミュレーターで支出側から検証する
FAQ
Q. この記事の計算の前提データはどこから?
計算式と制度内容は日本年金機構「在職中の年金額の改定(在職定時改定)」および厚生年金保険法、2020年年金制度改正法(令和2年法律第40号)に基づく。在職老齢年金の基準額62万円は2025年成立の年金制度改正法(2026年4月施行分)、平均余命は厚生労働省「令和5年簡易生命表」による。保険料率18.3%は2017年以降固定されている厚生年金の料率。
Q. 手続きは必要?いつ増えたか分かる?
不要。毎年9月1日を基準に自動で再計算され、10月分(12月支払い)から反映される。日本年金機構から届く「年金額改定通知書」で増額を確認できる。
Q. 70歳を過ぎて働いたら年金は増えない?
増えない。70歳で厚生年金の被保険者資格を失うため、保険料の負担もなくなる代わりに、それ以降の就労は年金額に反映されない(70歳到達時に最後の改定が行われる)。
Q. 数字が実感と合わない場合は?
この記事の例は標準報酬月額=月給と単純化している。実際は月給を等級表に当てはめた標準報酬月額で計算されるため数百円単位のずれが出るほか、2003年3月以前の加入期間には別の乗率(7.125/1000)が使われる。自分の正確な増額は年金額改定通知書か「ねんきんネット」で確認してほしい。大きく食い違う場合はお問い合わせフォームから連絡いただければ記事を検証する。